いつも予備知識無しでお芝居を観る癖があり、先入観が観劇のさまたげになることが多い私。 今回も映画「王様と私」ユル・ブリンナーとデボラ・カーの名作とかぶってしまって、今日は日本版「王様と私」くらいに思っていた。まことに失礼なことだったと悔んだ。 主役の加藤武さんとたかお鷹さんの老人コンビがうまい!全編を貫いていて気持ちがいい。そして出演された役者がみんな生き生きとして いた。この一貫した役づくりの姿勢が見るものをワクワクさせるのだ。 また、バアや雛田カネを演じた寺田路恵さんという女優さんはうまいとしか言いようがないくらいにスゴイ。 ナレーションと子爵の娘雪絵を演じた松山愛佳さんは全編を足の不自由な役を立派に演じられその役者魂に感動した。 そして何といっても白河家当主と気強くわたりあったアンナ・カートライト役の富沢亜古さんの気苦労と気配りに並々ならぬ役者を感じました。 背景の障子の外に時たま見える雪景色がバックライトに映えて素敵な雰囲気をかもしだしている心配り気配りの演出に感心させられたのは私だけではなかろう! この芝居の作者マキノノゾミ氏の作品は今までにも市民劇場で見せてもらっているが、いつも素晴らしい。 赤穂浪士が出て来たり、切腹の場面があったり。そして、ラスト近くの二人のダンスに納得させられた名舞台に大きな拍手を贈りたい。 冬の寒さ一段ときびしい夜でしたが今夜も心はポカポカ!ありがとうございました。 巻雲 渡辺 宏 |
世の中の価値観が大きく変わる時代のなかで、上流階級の人々がどのように生きていったかをユーモアたっぷりに描いたお芝居だった。 家族三人の新しい生き方は三人三様であり、観る者を退屈させることなく舞台に引きつけた。 義晃の娘・雪絵は鹿鳴館での社交ダンスを契機に英国海軍大尉・ジョン・ラングと恋し内向的な自分の殻から抜けだそうとする。恋は成就しなかったが、ダンス教師アンナ・カートライトの進めによりアメリカで自立を目指し、新しい生活を始めようと決心するひたむきな姿に感動をする。 アンナ専属の車夫・通訳の沢田はひたすら雪絵に片思いしていて、それは淡い恋の「無法松の一生」の映画を彷彿させた。 ねむの花 沖M孝久 |
僕は基本的に「演劇は喜劇仕立てが一番」と思い込んでいる単純な観客の一人だ。 そして今回のこの芝居は、僕等の世代では知らぬ者は無いミュージカル「王様と私」のパロディで、しかも役者が加藤武、たかお鷹と来れば、もう文句なしに面白い筈と期待に胸を躍らせながら公会堂に入場したのである。 その期待は全く裏切られること無く、最初から最後まで大いに笑わせて頂いた次第。 そして余計なことだが、殿様との絡みでダンス教師だけでなく、娘の雪絵や家令の源右衛門の存在感も見事なので、題名を「殿様と私達」にした方が良いように思ったりした。 なおこの見事な喜劇の笑いは、時代が大きく変化する時、必ずそれに順応出来る層と出来ない層の間に大きな葛藤や悲劇が生じることを示唆しているのではないか。 現在我国は国内的にも国際的にも大きく変化する時代を迎えている。この変化にあなた達は順応できるか。 僕は源右衛門にしかなれないけれど。 くすかわ 渡邉 貴 |
テレビで見る加藤武が目の前にいた。 英国軍人役の役者さん(星智也)声が良かった〜。しびれました! エメラルド 男性 |
セリフの構成が素晴らしかった。 男女共同参画のボランティアに関わっている立場から見ると、「ああ昔はそうであったのか」と改めて思いました。 明治十九年白川義晃子爵邸での登場人物のセリフは当時確立していた人間の上下関係が話す言葉で巧みに表現されていて面白く、それ ぞれ人物の置かれている立場がセリフで解りました。 舞台は子爵邸の雰囲気を醸しだしていて、変化の少ない舞台でしたが、鹿鳴館のダンスシーンは観客が想像するように感じさせる見事な演出でした。 演目「殿様と私」でさて私≠ヘ誰でしょう?を考えるとき、いろいろな人物に置き換えることができると思いました。 それは観る人が自由に想像する広がりがあり、これも演出の妙味でしょう。 ねむの花 柳瀬初美 |
江戸から明治へと時代が移り変わる中で人々の揺れ動く気持ちがコミカルに表現されていた。 舞台のセットや服装も和洋が混ざり合い面白かった。現在の日本はこんな風につくられたのかと思 った。 古い価値観と新しい考え方が時代をこえて人間らしく身近に感じた。 ゆうやけこやけ 広瀬明美 |
西洋化する時代の流れの背景の中で、殿様と米国人女性の英語と日本語のやり取りが面白かった。 また、和洋が入り交じった舞台のセットや、衣裳も大変豪華で吸い込まれるようにして観た。 ゆうやけこやけ 田中桂子 |
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